〜やきもの辞典〜



























































































































































































































◇蓬【HOKO】壷の“やきもの辞典”◇


 

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

相川焼・あいかわやき
佐渡焼
新潟県佐渡相川・佐渡国相川     現存

特 徴

■佐渡相川鉱山の土を原料にした陶器。日用粗陶製品が多い。数種がある。金太郎焼・雲山焼・常山焼・赤水焼・波山焼。以上のうち常山焼・赤水焼は同地の無名異土を原料とするため、無名異焼とも呼ばれる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

会津焼・あいづやき
本郷焼・若松焼
福島県会津若松市・会津地方 正保4年(1647) 水野源左衛門成治  

特 徴

■陶器・磁器。正保年間に始まり、のち白磁・染付なども産したが日用品が多い。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

会見焼・あいみやき 鳥取県西伯郡・伯耆国会見郡落合村      

特 徴

■陶器。落合窯・徳長窯。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

青柳焼・あおやぎやき
悪戸焼・扇田焼・津軽焼
青森県中津軽郡相馬村・播磨国明石地方 文化3年(1806) 石岡林兵衛 大正8年(1919)

特 徴

2年ほどで経営難に陥ったが、津軽藩主に認められ、その庇護を受けて製陶を続け、用命の茶器を焼成する傍ら民窯の雑器を焼いた。文化・文政年間は扇田に、のち野木屋に移り、明治に入って青柳に窯を移したところから、扇田焼・青柳焼の名称がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤井窯・あかいがま 福島県いわき市平赤井・磐城国磐前郡赤井村 慶応年間(1865-1868)    

特 徴

■大堀村(双葉郡浪江町大堀)の製陶を模して粗陶を作った。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤石窯・あかいしがま 高知県高知市赤石町・土佐国土佐郡赤石      

特 徴

■伝統の詳細は不明。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤坂焼・あかさかやき 鳥取県西伯郡・筑後国八女郡羽犬塚村 不明 次郎吉  

特 徴

■一時途絶えたがのち藩の命令により三原富次がこれを再興。その後、陶工緒方次助の子孫が経営した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤坂焼・あかさかやき
温故焼
岐阜県大垣市赤坂町・美濃国不破郡赤坂村 文政2年(1819) 清水平七(号温故)  

特 徴

■最初、金王山の土で楽焼をつくっていた清水孫六から陶法を学び、のち京都・伊部・瀬戸・赤津の製陶地を遊歴し、赤坂に帰りもっぱら茶陶を製陶した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

明石焼・あかしやき 兵庫県明石・播磨国明石地方 元和年間(1615〜1624) 戸田織部之助  

特 徴

■幕末、播磨国明石地方産の陶器。大和生駒山の湛海阿闍梨から明石の号を贈られたのが、すなわち古明石焼であるという。また元和年間に明石城主小笠原忠政の御用窯が築かれ、1625年(寛永2年)豊前国小倉(福岡県北九州市小倉区)へ転封になるまで戸田織部之助はこの窯で作陶、その後は明石中谷山に移窯したが、これを明石焼の由来ともいう。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤津窯・あかづがま 愛知県・尾張国 鎌倉時代 加藤四郎左衛門景正(陶祖藤四郎) 現存

特 徴

■風雅な陶器を主とする。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤野窯・あかのがま 高知県安芸郡赤野村 明治15年(1882) 田村久太郎  

特 徴

■村の赤土を用いて日常品の陶器を作った。

上野焼・あがのやき 福岡県田川郡赤池町・豊前国上野 慶長5年(1600) 朝鮮人尊楷(日本名:上野喜蔵) 現存

特 徴

■慶長5年、細川三斎に従って渡来した朝鮮人尊楷により焼成。遠州七窯のひとつ。慶長7年、細川忠興が小倉へ移封になったとき招かれて小倉へ移り、城下の菜園場村に窯を築き、後に上野に移した。作風は素朴重厚で釉薬は主として土灰釉・藁灰釉・鉄釉。 形 の特徴は茶碗でも鉢でも向付・皿でも、高台が比較的高く、俗にバチ高台と呼ぶ外の開いた高台のもの。特徴の銅呈色による緑色の釉の掛かったものは全て皿山本窯のもので、窯印の「左巴に甫」「右巴に高」は幕末天保頃で、古い上野焼には印がない。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤膚焼・あかはだやき 奈良県大和郡山市・奈良市五条町付近・大和国五条村 天正年間(1573〜1592) 常滑の陶工与九郎 現存

特 徴

■室町時代に土風炉などが焼造され、天正年間に郡山の城主が常滑の陶工与九郎を招いて開窯。しかし江戸中期頃までは不明。天明年間(1781〜1789)に京都の陶工治兵衛らが五条山で開窯。まもなく柳沢堯山侯の後援を得て盛業が続いた。奥田木白が名工として著名。京焼風の茶器などの陶器。遠州七窯のひとつ。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

赤羽焼・あかばねやき 長野県上伊那郡辰野町 明治中期    

特 徴

■のち林工業株式会社が経営。種類は糸繰釜・煮鍋など。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

秋田焼・あきたやき 秋田県南秋田郡 明治初年 佐伯孫三郎 大正初年

特 徴

■県下に陶産の少ないのを嘆いて各地の土石を試験し、寺内村山中の赤土、新藤田村の粘土および牛島村の青色粘土を使って、泉村に築窯して万古焼に似た瓦器を創製。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

明世窯・あきよがま 岐阜県瑞浪市明世町月吉・土岐市和泉町河合 明治17年(1884) 山内寿太郎 明治20年頃

特 徴

■経営に至らず失敗。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

悪戸焼・あくどやき
扇田焼・青柳焼・津軽焼
青森県中津軽郡相馬村・播磨国明石地方 文化3年(1806) 石岡林兵衛 大正8年(1919)

特 徴

■2年ほどで経営難に陥ったが、津軽藩主に認められ、その庇護を受けて製陶を続け、用命の茶器を焼成する傍ら民窯の雑器を焼いた。文化・文政年間は扇田に、のち野木屋に移り、明治に入って青柳に窯を移したところから、扇田焼・青柳焼の名称がある。

赤穂焼・あこうやき
雲華焼
兵庫県赤穂市 嘉永初年 鋳物師大島黄谷  

特 徴

■兵庫県赤穂市の焼き物。大島黄谷が江戸今戸焼に陶法をならい開窯。雲華焼を主としたが、楽焼、交趾写しなども作っている。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

阿漕焼・あこぎやき
再興安東焼、安東焼
三重県津市阿漕ケ浦 文久年間(1861〜1864) 倉田久八 現存

特 徴

■三重県津市の阿漕ケ浦付近に産した陶器。再興安東。その製品は酒器・煎茶器・花瓶・皿などで古万古風を模したといわれるが、また別に久八の工夫で真鍮線の象眼を施した象嵌焼というものも作陶した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

朝霧焼・あさぎりやき
明石焼
兵庫県明石・播磨国 元和・寛永年間(1615〜1644) 戸田織部之助  

特 徴

■「朝霧」印を用いる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

浅草焼・あさくさやき
高原焼
浅草本願寺前高原町      

特 徴

■当地でつくられた高原焼を浅草焼という。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

浅野焼・あさのやき 石川県・加賀国   浅野屋五平  

特 徴

■黒釉および飴釉のものがあるが、作品は非常に少ないといわれる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

浅野焼・あさのやき 香川県香川郡香川町浅野・讃岐国香川郡浅野村   向井舟皐  

特 徴

■築前国(福岡県)高取の工人を招いて自家用の種々の器を作った。浅野窯とも呼ばれ、器は無銘、なだれ釉が特徴である。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

朝日窯焼・あさひがま 愛知県瀬戸市・尾張国瀬戸 室町末期 初代藤四郎の窯跡  

特 徴

■ここで焼かれた茶入を朝日春慶という。その後宝暦年間になって、同地の川本治兵衛はこの窯および夕日窯が長い間途絶えていることを嘆き、川本半助と図ってこれを再興しようとしたが村規に阻まれ、たびたび藩主に訴えた末、1770年ついにその両窯を瀬戸村地内字経塚山に再興することが出来、長い間途絶えていた海鼠壺を製出した。なお、朝日古窯のほうの年代は室町時代の末期と推定され、白天目・黄瀬戸小皿・椿手末期のもの・茶入・絵志野初期のものなどを出土した。

朝日焼・あさひやき 京都府宇治市朝日山・山城国宇治 慶長年間(1569〜1615) 奥村次郎右衛門 現存

特 徴

■小堀遠州の指図で茶器を焼いたが一時絶え江戸末期に再興。特に前作を古朝日というが、多くは茶陶で御本風が主である。素地は褐色で釉肌に黒斑があり、多く刷毛目の櫛描きがある。また、今の朝日は赤斑のいわゆる御本が特色で、御本写・三島・刷毛目・彫三島が得意である。遠州七窯のひとつ。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

浅間窯・あさまがま 長野県東筑摩郡本郷村浅間      

特 徴

■日用の甕を産し品質が良好なので称賛され、従来の名古屋産を圧倒する勢いであったという。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

阿品焼・あじなやき 山口県・周防国 明治2年(1869)   明治15年(1882)

特 徴

■陶器。岩国川に臨む阿品村にはじまり、その品は雄健にして趣に富み、唯一の例外を別としほとんど無銘なり、とされている。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

東焼・あずまやき 名古屋 明治29年(1896) 松村八次郎  

特 徴

■中区新栄町に松村硬質陶器株式会社を設立し、フランス製の純白硬質陶器を模造して東焼と称した。
これが東洋における硬質陶器の元祖で、地質が堅く低温や高温にもよく耐えて容易に壊れないため、陸海軍省をはじめ需要は非常に多かったといわれる。

天草焼・あまくさやき
水の平焼
熊本県南西部の天草諸島・天草島      

特 徴

■天草石を原料とし主に茶器、菓子器、花瓶などを製する。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

天瀬焼・あませやき 岡山県岡山 明治9年(1876) 五代友吉  

特 徴

■士族の授産のために開いたものであるといわれる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

天津焼・あまつやき 千葉県天津町 明治35年(1902) 加藤志那助  

特 徴

■愛知県赤津窯の加藤志那助が職工を従えて赴いたとされる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

有田焼・ありたやき
伊万里焼
佐賀県有田地方 元和2年(1616) 陶工・李参平 現存

特 徴

■文禄・慶長の役(1592〜1598)の際に朝鮮半島からつれてこられた陶工・李参平が泉山で良質の白磁鉱を発見したことにはじまる。染付、赤絵の日用食器が多い。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

淡路焼・あわじやき 兵庫県三原郡南淡町付近・伊賀村 文政2年 賀集a平 現存

特 徴

■伊賀村の賀集a平の創始。黄色の釉を用いる。a平の作品は土質が柔らかく彩画が鮮研で、京都粟田焼に似ていると評される。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

粟田焼・あわたやき
京焼・粟田口焼
京都府京都市東山区粟田付近・京都粟田口 元和〜寛永初年 瀬戸の陶工三文字屋九右衛門 現存

特 徴

■京焼では清水焼が磁器で、栗田焼は陶器を主として焼造している。古くは栗田口焼があり、岩倉山・錦光山・宝山などが著名。近世以降、京都、粟田口から産した陶器。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

阿波焼・あわやき 徳島県・阿波国 宝暦年間 陶工丈七  

特 徴

■藩主蜂須賀侯の御庭焼。同地方に残っている器は茶器だけで、浅黄水色の釉の荘重で高雅な大名式であり、質は陶器と磁器の中間。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

芦原焼・あわらやき 福井県坂井郡芦原温泉 大正3年(1914) 久世清  

特 徴

■温泉土産を目的に京窯風の雅陶をつくり、鉄釉または染付にて風致のある絵付を成した。業勢は日ごとに盛んとなり、芸術味のある良品をつくってしばしば商工展などにも入選した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

安東焼・あんとうやき
古安東・万古焼
三重県津市・伊勢国津 安永・天明(1772〜1789)頃 陶工・瑞牙  

特 徴

■安永・天明(1772〜1789)ごろ津の藩主藤堂高豊侯が、万古焼の沼波弄山の陶工であった瑞牙を招いて安東村で焼かせたのがはじまり。作調は古万古風の色絵を主とするが、なかには焼締め無釉の素地に色絵付したものもあり、古安東の特色の一つになっている。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

安南焼・あんなんやき ベトナム・安南      

特 徴

■安南から渡来したやきものの称。我が国と安南は室町時代の後期から江戸時代の初期にかけて相当の交通があり、この船で運ばれたやきものも東京・安南・占城地方で産出されたものであろう。


やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

伊賀焼・いがやき 三重県伊賀上野市付近・伊賀国阿山郡丸柱村 天平年間(729〜749)   現存

特 徴

■同地を領有した大名の名にちなみ筒井伊賀、藤堂伊賀、高魏(たかさと)伊賀などと呼ぶ。また、茶人小堀遠州の示教を受けたといわれるものを遠州伊賀という。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

出石焼・いずしやき 兵庫県出石町 明和元年(1764) 長谷治郎兵衛・伊豆屋弥左衛門 現存

特 徴

■長谷治郎兵衛と伊豆屋弥左衛門が出石町細見で開窯した土焼窯であるが、のち享和元年(1801)出石町谷山に移窯して、伊万里風の磁器を焼き盛業をみた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

出雲焼・いずもやき 島根県     現存

特 徴

■楽山、布志名など多くの窯がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

磯焼・いそやき
薩摩焼
鹿児島市吉野町・磯 嘉永6年 藩主島津斉彬 昭和2年頃

特 徴

■藩主島津斉彬が別邸のあった磯(鹿児島市吉野町)で製造したのに始まる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

市之倉窯・いちのくらがま 岐阜県多治見市市之倉 文禄 加藤輿左衛門常政  

特 徴

■加藤輿左衛門常政がこの地から出る粘土に魅力を感じて開窯。盃は全国生産の九割を占む。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

犬山焼・いぬやまやき 愛知県犬山市今井・尾張国犬山付近 宝暦年間(1751〜1764) 奥村伝三郎 現存

特 徴

■尾張国犬山付近の今井村、後に丸山村で焼いた陶器。奥村伝三郎が初代。初めは土器であったが、のち赤絵付陶を作る。桜花と楓の絵、あるいは中国産のいわゆる呉須赤絵のものが多い。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

今戸焼・いまどやき 東京今戸町(浅草付近) 天正年間(1573〜1592) 千葉家 現存

特 徴

■千葉家の一族が現在の東京都台東区に開窯し瓦や土器をつくった。後に今戸焼人形といわれる塑像が知られる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

伊万里焼・いまりやき
有田焼・大川内焼・平戸焼・波佐見焼
佐賀県有田町一帯     現存

特 徴

■佐賀県有田町とその付近一帯に産する磁器の総称。有田焼、大川内焼、平戸焼、波佐見焼など。製品を伊万里港から出荷したところからの名。元禄以前の作は「古伊万里」という。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

入谷乾山・いりやけんざん 東京都台東区・江戸入谷村      

特 徴

■尾形乾山作の陶器で江戸入谷村(東京都台東区)で作成されたものの称。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

巌焼・いわおやき
長浜焼
島根県浜田市・石見国那賀郡長浜村 文政    

特 徴

■文政ごろに創窯。亀、かに、猿などの動物をかたどった細工ものが主で、楽焼に近い軟質陶。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

石見焼・いわみやき 島根県大田市・邇摩郡・江津市・浜田市 宝暦年間    

特 徴

■三十余の陶器窯から産する日用粗陶器。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

因久山焼・いんきゅうざんやき 鳥取県八頭郡郡家町久能寺・因幡国久能寺 明和年間(1754〜1772)    

特 徴

■因幡国久能寺という地名から窯名がつけられた。明和年間(1754-1772)に京都より陶工を迎え開窯。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

伊部焼・いんべやき
備前焼
岡山県備前市伊部・備前国      

特 徴

■一般に備前焼と呼ぶ備前国のせっ器。胡麻釉(表面に灰が被り黄色のごま状ののものが付着したような肌)がかかり光沢のあるものを特に伊部焼とも呼ぶ。茶壺、茶碗、酒壜、置物を得意とする。伊部の語源は古代、祭器(須恵器)をつかさどる忌部氏に出たもの。(釉を用いず鉄分を混ぜた化粧土を薄く塗って光沢をつけ黒みがかった色合いに焼く。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

牛戸窯・うしのとがま 鳥取県八頭郡西郷村牛戸 天保年間(1830-1844) 金河藤七  

特 徴

■明治のはじめには各地に販路が開けていたが、その後瀬戸・美濃に押されて衰微した。昭和のはじめ鳥取民芸館の故吉田璋也氏の目にとまり民芸窯として新生した。吉田璋也(1898-1972)鳥取市の医家に生まれ、新潟医専在学中に「白樺」人道主義に傾倒、柳宗悦が指導する民藝運動に参加し有力メンバーとなった。鳥取に戻ってからは牛戸窯や因州和紙を再興し、木工、染織などの新作民藝を指導。中井窯や出西窯などの民窯を応援し、職工人団体の民藝協団をつくるなど、生涯、民藝運動に没頭した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

現川焼・うつつがわやき 長崎県現川名 元禄5年(1692) 田中五兵衛 寛保(1741〜1744年)頃

特 徴

■田中五兵衛が子の甚内と創業したが寛保(1741-1744年)頃廃窯。その作品は非常に上作薄手で一見京焼風である。刷毛目を効果的に利用し絵付には白土、鉄、たんばん、呉須などをつかっている。現在、佐世保市の横石臥牛窯で復興されている。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

姥ケ餅焼・うばがもちやき 滋賀県草津市 姥ケ餅茶屋主人 元文〜宝暦頃  

特 徴

■街道茶屋・姥ケ餅茶屋の主人が創始。茶陶と茶屋使用の雑器の二種がある。創始の年代については、元文(1736-1741年)頃と宝暦(1751-1764年)頃との説がある。作品のなかでとくに黒楽茶碗は楽家の左入に託して焼いたといわれる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

越前焼・えちぜんやき 福井県丹生郡織田町・宮崎村付近 鎌倉初期    

特 徴

■焼締めの陶器。日本六古窯。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

王地山焼・おうじやまやき 兵庫県多紀郡篠山町 文政(1818〜1820)初年   明治

特 徴

■青磁が優秀である、ほかに染付・赤絵もある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

大川内焼・おおかわちやき
伊万里焼・鍋島焼
佐賀県・肥前国松浦郡大川内      

特 徴

 

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

大高焼・おおたかやき 愛知県・尾張国知多郡大高村 明和年間 山口金延  

特 徴

■明和年間に山口金延が粟田焼にならって製作した陶器。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

大谷焼・おおたにやき 徳島県鳴門市大谷 江戸中期   現存

特 徴

■阿波藩蜂須賀侯の御用窯として開かれ間もなく廃止され、その後民窯として阿波特産の藍染用の甕をつくってきた。紐づくりや蹴りロクロによる大甕や大鉢の作製が今でも続けられている。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

太田焼・おおたやき
真葛焼
神奈川県横浜市中区南太田町 明治4年 鈴木佐兵衛  

特 徴

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

■鈴木佐兵衛が京都清水、真葛原の陶工を招き、鹿児島から土を取り寄せて焼いた。薩摩錦手に似る。

大桶焼・おおひやき 石川県金沢市大桶町 貞享3年(1686)   現存

特 徴

 

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

魁翠園焼・かいすいえんやき 東京都・江戸郊外角筈 嘉永年間 美濃国(岐阜県)高須城主松平氏  

特 徴

■御庭焼。美濃国(岐阜県)高須城主松平氏が、江戸郊外角筈にあった下屋敷で、嘉永年間、瀬戸の陶工を招いて焼成させた楽焼風の陶器。「魁翠園製」の印を押してある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

貝塚焼・かいづかやき 大阪府貝塚市・和泉国貝塚御坊願泉寺      

特 徴

■御庭焼。尾形周平が指導していた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

偕楽園焼・かいらくえんやき 大阪府貝塚市・和泉国貝塚御坊願泉寺 1827年頃 紀伊藩主十代徳川治宝 1852年頃

特 徴

■紀伊藩主十代徳川治宝の西浜御殿の偕楽園におけるお庭焼。 製作期間は1827年頃から治宝の逝去する1852年頃に至る間である。 その窯に招聘された陶工は、1827年あるいは1833年に来て1841年まで従事した永楽保全(河浜支流の金印、および永楽の銀印を賜る)、1827年に来て雀の香合をつくったという仁阿弥道八や楽九代了入・十代旦入(楽の印を拝領)、1836年に来た二代弥助久楽(久楽の印を拝領)らがいる。 また同地の瑞芝窯の投稿も随時来て製作したらしく、瑞芝窯吉兵衛<と箱書した品が残っている。 代表作品は釉の色が黄・紫・緑・紺・白などの、光沢が強く透明な交趾写しで、永楽保全の法であるというが、また享和の頃治宝に招かれた青木木米が瑞芝窯で焼いたのがその初めであるともいう。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

鏡山焼・かがみやまやき 滋賀県・近江国      

特 徴

■三上山に近い山中でつくられたもので、伊羅保茶碗のようなのは薄手のすっきりした上作で、糸切は永楽保全を思い出させる。大豆色の上釉に黒の流れのものもある。共に「鏡山」と楷書で捺印されている。「箱石山」または「箱石」と款したものもある。箱石山とは室町時代に廃寺になった箱石山雲観寺のことで、このあたりにあった。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

加賀楽焼・かがらくやき 加賀藩 寛政・文化年間(1789-1818) 医師山本与興  

特 徴

■楽焼。予興は若年の頃から茶事を好み、その作陶は初め余技としてであったが、楽家三代ノンコウの作に私淑するようになってついに一派を成した。その門に阿北斎のいんを捺した堀越左源次がいる。銘に「与興」を用いた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

神楽崎焼・かぐらざきやき 島根県能義郡伯太町母里・出雲国能義郡母里 明治年間 藩士隅田仙亭  

特 徴

■背後の小山に天満宮が祀られているのに因んで窯を神楽崎と号した。最も得意とするのは鉄錆色の土釜・土瓶であり、硬度・外観共に鉄製に近い。器ごとに「神楽崎」または「仙亭」の印を用いた。また「富水亭」・「寿鴬」などの押印があり、いずれも別号であるとされる。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

笠間焼・かさまやき 茨木県笠間市笠間 明治初年 田中友三郎  

特 徴

■初めは箱田焼または宍戸焼といったが、美濃国大垣の人田中友三郎が移住するに及んで大いにその拡張を図り、笠間焼というようになった。品は益子焼と相似し、販売の際に益子焼の名を用いたこともあったようである。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

笠野原焼・かさんばいやき 鹿児島県鹿屋市笠野原 宝永元年(1704)   明治以前

特 徴

■薩摩藩は苗代川の朝鮮人陶工の子孫が漸次増殖したので当時未開の原野であったこの地に移住させた。寛政の頃になって農事の傍らささやかな窯を設けて伝来の製陶を始める者があり、主として黒物の水甕、皿、鉢、茶碗などの日用品を出した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

鹿背山焼・かせやまやき 京都府相良郡木津町鹿背山 文政10年(1827) 森本助左衛門 明治時代

特 徴

■磁器。染付を主とし、祥瑞写にも見るべきものがある。時に鹿背山の染付銘がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

堅田焼・かただやき 滋賀県・近江国 慶安3年(1650) 北村幽庵 享保4年(1719)

特 徴

■矢橋焼と同時に近江八景に因んでできたもので、黄色の楽が多く、堅田落雁と白くま筆書され、浮御堂に雁の落ちる絵が多い。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

勝山焼・かつやまやき 岡山県・美作国 元禄年間(1688〜1704) 三浦哲翁  

特 徴

■御庭焼。陶工を城中に招いて茶具を焼かせたもので、自らもこれをつくった。勝山城の別名から、暘焼(ひのでやき)ともいう。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

金成山焼・かなりやまやき 島根県八束郡東出雲町意東・出雲国八束郡意東村 天保13年(1842) 石倉氏  

特 徴

■意東焼廃窯ののち、石倉氏が一手に開いたもの。ほどなくして閉鎖。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

兼山焼・かねやまやき 岐阜県可児郡兼山町・美濃国可児郡兼山   川本治兵衛  

特 徴

■磁器。素僊堂川本治兵衛がかつてこの地に来て伊岐津志の土を採って製したが、のちにやめた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

鹿子焼・かのこやき 福島県東白川郡棚倉町 明治末年    

特 徴

■その製品は美麗皓白である。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

甲山焼・かぶとやまやき 兵庫県西宮市甲山 昭和33年(1953) 小西平内  

特 徴

■楽焼や焼貫の古伊賀写を得意とする。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

蒲池焼・かまちやき 福岡県柳川市   家長彦三郎  

特 徴

■柳川焼。砂器で、風炉に雅作がある。江戸時代に多く珍重された。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

神路山焼・かみじやまやき 三重県宇治山田市倉田山 明治38年(1905年) 神山宇之助  

特 徴

■宇之助は初め信楽で陶業を習い、津市の阿漕焼に入り、次に同市で神都焼を起こし、それから神路山焼に移った。のち「山」を略して単に神路焼と呼んだ。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

上天馬焼・かみてんまやき        

特 徴

■母里焼(もりやき)。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

神野目焼・かみのめやき 宮城県玉造郡岩出山町・陸前国玉造郡神野目村      

特 徴

■この地は昔から一種の黒焼を出したがのち中絶。1901年(明治34年)頃同村長岡本彦四郎がこの再興を試みた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

上野焼・かみのやき 佐賀県武雄市橘町永島字上野      

特 徴

■製品は甕、土管、植木鉢などの大物製作。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

亀七焼・かめしちやき 近江国石ヶ崎村・滋賀県彦根市石ヶ崎町 安政4年(1857年) 土焼師亀七  

特 徴

■土焼。もと彦根藩窯湖東焼の御抱え土焼師亀七が余暇に築いた土焼窯。詳細は不明。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

亀山焼(甕山焼)・かめやまやき 長崎市伊良林町大窪山 文化元年(1804年) 大神甚五兵衛ほか3名  

特 徴

■長崎奉行肥田豊後守の命により開かれた。甚五兵衛の弟卯平が2代を継ぎ、子甚五兵衛が3代を継いで従業したが、次第に衰えて廃窯。1859年(安政6年)奉行岡部駿河守が再興したが、経営困難に陥り廃窯した。その製品の素地は伊万里焼に似ている。その絵付には主として長崎の津田南竹が当たり、時には鉄翁逸雲、水媚川、丹林、竹田や、また江稼圃、江芸圃、沈泙江も描いたという。銘は角輪郭内に染付で亀山あるいは亀山製とあり、中等品以下のものは楷書または行書で亀山製または甕山とある。なお安政初年頃、井田吉六並びにその甥三浦乾也がこの窯を再興し、留まること3年に及んだという。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

亀山焼・かめやまやき 熊本県天草郡富岡 明治10年(1877年)   明治20年(1887年)

特 徴

■土焼。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

唐津焼・からつやき 唐津市梨川内 神功皇后の御代 小次郎冠者  

特 徴

■小次郎冠者は居所の地で陶器をつくり神功皇后に献上した。これが唐津焼の起こりであるといわれる。文禄以前、1031年渡辺源太夫判官久は鎮西領のため京都より遣わされて肥前国松浦郡今福に上陸し、同郡御厨の庄に賀治屋城を築いて居を定めた。久の6代の孫の源清の三男波多源次郎持は、1245年いまの佐賀県東松浦郡北波多村鬼子嶽に吉志見城を築いて波多家の祖を成した。元亨年間(1321-1324)鬼子嶽西方の山中に朝鮮北方系の透明灰釉を施した飯洞甕窯が創始され、次に不透明海鼠白釉を施した帆柱窯が開始された。製品は壷、徳利、片口、摺鉢、深鉢、鉢、皿、茶碗、茶器などで、絵唐津そのものは鬼子嶽の中期に始まり、文禄3年(1594年)までには大いに発達し、茶道方面に名器として伝わるものにはこれらの窯から出たものが多い。絵唐津とは青黒釉を施し鉄絵を描いたものをいう。瀬戸唐津式のものに鉄絵のあるものが飯洞甕窯・飯洞甕上窯・道納屋谷窯に多く、鬼子嶽晩年に至り飯洞甕窯には型紙を用いて鉄で上から刷毛引きした絵もある。また、慶長年間にできた道園窯・阿房谷上窯・下窯・藤ノ川内窯・焼山上窯・下窯・甕屋ノ谷窯、元和・寛永にできた椎ノ峯上村窯の青黒色・青黄色の釉色の光沢のない中に鉄絵のあるものをいう。 絵は主として草花の文様が多く土は粘くてちりめんが多く、甕屋ノ谷窯・椎ノ峯上窯は火度が少しばかり低い。 製品には大鉢・中鉢・皿・茶碗・猪口・茶器などが多くある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

川内焼・かわうちやき 伊予国宇和郡川内村・愛媛県宇和島市 天保年間(1830-1844年) 庄屋大野三郎右衛門  

特 徴

■製品はもっぱら日用雑器で、しばらくして廃窯した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

川方焼・かわかたやき 伊勢国一志郡川方村大字大口山・三重県一志郡久居町川方 万延元年(1860年) 大松屋七兵衛と上島弥兵衛  

特 徴

■製品は丼、鍋、花瓶、蓋物、土瓶、火鉢、植木鉢その他の日用品で、稚拙なものが多い。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

川辺焼・かわなべやき 鹿児島県川辺郡川辺村 明治35年(1902年) 上野某  

特 徴

■熊本県八代高田焼より移った陶工上野某がこれを始めた。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

川名焼・かわなやき 名古屋市昭和区川名町・尾張国愛知郡川名村 文政年間(1818-1830) 加藤新七  

特 徴

■素僊堂川本治兵衛の弟加藤新七がこの地に来て青花磁器の製造を始めたが、瀬戸人の拒むところとなり、ついに銅版貼付絵を採用する条件で着手した。そして磁器以外にもひび焼も出した。これが瀬戸薩摩の発端である。のちしばらく中絶していたが、1862年(文久2年)寺尾市四郎がここに帰来し再興した。また赤津の加藤仁兵衛春岱も同じく銅版磁器を試みたという。世に銅版焼・五朗焼の別名がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

川原焼・かわはらやき        

特 徴

■竜門司焼(りゅうもんじやき)。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

寒霞渓焼・かんかけいやき 香川県高松市 明治38年(1905年) 久保駒吉(号祖舜)  

特 徴

■陶器。のち屋島焼と改称。高麗焼の光沢と交趾焼の雅致を備え同県の特産品となった。祖舜は1921年(大正10年)歿。子富三郎が業を継ぎ、主として抹茶碗・水指などをつくった。また祖舜焼の名がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

含珠焼・がんじゅやき 佐賀県杵島郡小田志村   樋口治実(棣花堂)  

特 徴

■蛍手のように透明な部分のある磁器。しかし製作にあたって破損が多かったので永続しなかった。1896年(明治29年)頃長崎県東彼杵郡上波佐見村の田中宇太郎がまた含珠焼を製し始め、1924年(大正13年)に及んだ。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

含翠園焼・がんすいえんやき        

特 徴

■竹本隼太郎窯の製品。明治初年より東京の高田豊川町にあったその園名に因むもの。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

神田山焼・かんだやまやき 但馬国・兵庫県      

特 徴

■八鹿焼(ようかやき)の異称。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

神庭焼・かんばやき 島根県簸川郡荘原村神庭 明治17年(1884年) 原太一郎  

特 徴

■日用雑器を製した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

菊川焼・きくがわやき 伊予国宇和島領菊川・愛媛県南宇和郡御荘町 天保・嘉永年間(1830-1854年)   明治初年

特 徴

■日用雑器。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

喜作焼・きさくやき 東京橋場 明治初年 水野喜作  

特 徴

■愛知県水野村(瀬戸市)から水野喜作がこの地に移り、隣接の今戸焼とは異なった雅趣ある陶磁器を焼出して喜作焼と称した。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

岐山焼・きざんやき 美濃国稲葉郡・岐阜市      

特 徴

■金華山藤の洞および大土場の陶窯で、織田信長の御庭焼。その優れたものは楽焼白なだれのものであったという。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

紀州焼・きしゅうやき        

特 徴

■偕楽園焼(かいらくえんやき)の異称。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

紀城焼・きじょうやき 紀伊国・和歌山県      

特 徴

■瑞芝焼(ずいしやき)の一名。紀城化物堂製、紀城之産、紀城之製、紀城などの銘がある。

やきもの名・別称

産 地

創始年代

創始者

廃窯年代

木瀬焼・きせやき 愛知県西加茂郡藤岡村木瀬      

特 徴

■磁器窯。明治20年頃には製造家一戸で登窯一窯があり、大形の番茶器・飯碗などを焼き、その製品も下手物に属していた。原料はいずれも地方産のものによっていた。